
こんにちは、atteyaaのマツイです。
今日はチャンスについてです。
若いときには、ときどき「美味しい話」が降ってくることがあります。
飲食店のオーナーにならないか。
インフルエンサーとして活動してみないか。
憧れていた仕事に関われるかもしれない。
そんな話が、大小さまざまに目の前に現れる。
そういうとき、人は思うのです。
「これはチャンスかもしれない」と。
もちろん、それはそうなのだと思います。
実際、そういう機会が人生を変えることもあります。
ただ一方で、そういった機会の数と、
それを本当に活かして人生が豊かになった数は、
当然ながらイコールではないのです。
むしろ、機会の数に比べて、成功した数は圧倒的に少ない。
感覚的には、1%くらいかもしれません。
もちろん、何のエビデンスもありません。
探してみましたが、そんな都合のよいデータは見つかりませんでした。
でも、実感としてはそんなものではないかと思うのです。
皆さんの感覚はどうでしょうか。
では、なぜ多くの「チャンスっぽいもの」は、チャンスにならないのか。
チャンスという言葉は、「よい機会」や「好機」と訳されますが、
ここで少し引っかかるのは、「機会」と「好機」は同じなのか、ということです。
目の前に何かの機会がある。
誰かに声をかけられる。
今までなかった扉が少し開いた気がする。
でも、それだけで本当に好機と言えるのでしょうか。
おそらく、違うのです。
機会があるだけでは、まだチャンスではない。
そこに何か別のものが加わって、
初めて本当の意味でのチャンスになるのではないかと思うのです。
よく「チャンスの神様には前髪しかない」と言われます。
通り過ぎたら、もうつかめない。
だから、準備しておくことと、決断することが大切だという話。
とても有名で、たしかにその通りです。
ただ、この話にも、まだ表現しきれていないものがあるように思います。
準備とか、決断とか、日常でもよく使う言葉です。
でも、機会をつかみ、それを好機に変えるための準備や決断は、
普段使っているそれとは、少し重みが違うのではないでしょうか。
言うなれば、覚悟でしょうか。
ただ、この「覚悟」という言葉もまた難しい。
覚悟という言葉は、もともと仏教に由来する言葉です。
「覚」も「悟」も、どちらも「さとり」に関係します。
恐怖や不安や迷いから離れること。
あるいは、それらを抱えながらも、腹をくくること。
そう言えば少し分かった気もしますが、
では「腹をくくる」とは何かと問われると、これもまたうまく説明できません。
このあたりに、チャンスを活かすことの難しさが表れているように思います。
「チャンス」と言われると、何となくイメージできます。
仕事の誘い、事業の話、人との出会い、環境の変化。
そういうものを思い浮かべることはできます。
でも、それを本当に活かすために必要なものは何かと問われると、
急に言葉にしにくくなる。
強い意志なのか。決断なのか。準備なのか。覚悟なのか。
どれも間違ってはいないと思いつつ、どれも少し足りない気もする。
もしかすると、チャンスの数と成功の数が大きく違うことと、
この「うまく説明できなさ」は、同じことなのかもしれません。
本当に機会を活かした人の内面では、
外からは見えない何かが成熟していた。
だからこそ、その人にとってはチャンスになった。
でも、それは簡単には言葉にできない。
そう考えると、チャンスとは、
外から降ってくるものそのものではないのだと考えることができます。
機会そのものは、まだチャンスではない。
多くの機会は、そのまま過ぎる。
挑戦しても、失敗に終わることが多い。
むしろ、ほとんどはそうなのかもしれません。
けれど、その機会と、自分の内面の成熟が重なったとき。
準備、決断、意思、そして覚悟のようなものが、
あるところまで育っていたとき。
そのとき初めて、機会はチャンスになるのだと思います。
これを若い方へのメッセージとするならば、
目の前に現れた話をすぐに
「これはチャンスだ!」と
ありがたがりすぎなくてもいい、ということ。
同時に、怖いからといって全部を見送ればいいというわけでもありません。

その機会は、自分の人生と本当につながっているのか。
自分はそれを引き受ける覚悟を持てるのか。
失敗しても、自分で選んだと言えるのか。
そのあたりを、自分の中で静かに見つめることが大事なのだと思います。
チャンスとは、降ってくるものではなく、自らの内側にあるものです。
機会を、自分の意思と覚悟によって、チャンスに変えていく。
たぶん、そういうことなのだと思います。
読んでくれてありがとうございます。
旅って何だろう?
キャリアって何だろう?
人生って何だろう?
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