
就活をしていると、いつの間にか、「正しい自分」になろうとしてしまう。
それも誰かの基準の中で。
ESで評価されそうな言葉。
面接で好印象を持たれそうな経験。
“ちゃんとして見える”将来像。
もちろん、それらを考えること自体は悪いことじゃない。
でも、そうやって“正解っぽい自分”を並べ続けているうちに、
「あれ、私は本当は何を大切にしたかったんだっけ。」
そんな感覚になることがあります。
こんちには、atteyaaのウッチーです。以前、文章を書いていた時。
私は「修正してください」と書こうとして、なぜか「修整してください」と変換していました。
本来なら、ただの変換ミスだったのかもしれません。
でも、その文字を見た瞬間。
「あ、この言葉の方が、今の自分の感覚に近いかもしれない。」
そう思ったんです。
“修正”という言葉には、どこか、「正しさ」があります。
間違っているものを、正しい形へ直していく感覚。
でも、人生って本当に、そんなふうに進むものなんでしょうか。
私はむしろ、人生は“修整”に近いと思っています。
人は、完成された“正解の自分”に向かって生きているというより。
悩みながら。
揺れながら。
人と出会いながら。
少しずつ、自分を整えていく存在なんじゃないかと思うんです。
だから、大切なのは、“間違えないこと”ではない。
自分の違和感を無視しないこと。
「なんか違う気がする」
「こっちの方がしっくりくる」
そんな小さな感覚を、ちゃんと受け取ること。
それが、自分を整えていくことにつながっていく。
就活でも同じです。
“正解の会社”を探そうとすると、どんどん苦しくなる。
有名企業。
安定。
年収。
福利厚生。
もちろん、それらも大切です。
でも、条件を吟味して選んだはずなのに、なぜか働くことが苦しくなる人もいる。
逆に。
規模は大きくなくても、
「この人たちと働きたい」
「この考え方、好きだな」
「この空気感、落ち着くな」
そんな感覚を大切にして選んだ場所で、自分らしく働ける人もいる。
それはきっと、“正しい選択”をしたというより。
“自分に合う形へ修整していった”結果なんだと思います。
成長って、別人になることじゃない。
むしろ逆です。
無理に誰かになろうとすることをやめて、少しずつ、“自分に戻っていく”こと。
他人の正解に合わせ続けるのではなく、自分が大切にしたいものを、少しずつ整えていくこと。
だから私は、“整っていく”という感覚を大切にしたい。
でも、自分ひとりでは、自分を整えていくのは難しい。
だからこそ、社会との対話が必要なんだと思います。
いろんな大人と話してみる。
いろんな価値観に触れてみる。
いろんな働き方を知ってみる。
その中で、
「私は、こういう生き方に惹かれるんだな」
「私は、こういう人といる時に自然体でいられるんだな」
そんな感覚が、少しずつ見えてくる。
自分を誰かに合わせて“修正”するためではなく、自分を自分の思いを軸に“修整”していくために。
atteyaaでは、就活のためだけではなく、“社会と出会うこと”を大切にしています。
企業を選ぶためではなく、社会との対話を通して、自分自身を知っていくためにいろんな社会人と話し、いろんな価値観に触れ、自分の感覚と向き合っていく。
その時間はきっと、“正しい自分”を作る時間ではなく。
“自分らしい形”を、少しずつ整えていく時間になると思っています。
もし今、
「自分がわからない」
「このままでいいのかな」
そんな気持ちがあるなら。
ぜひ一度、atteyaaの世界を覗いてみてください。
きっとそこには、“正解の人生”ではなく、“納得できる人生”を探している人たちがいます。




