
こんにちは、atteyaaのマツイです。
本日は意図について考えます。
大学卒業、就職、転職、そして独立。
人生の節目に立つたびに、どこからか声が聞こえてくる。
「明確な目標を持たなければいけない」
「人と違う経験をしなければいけない」
「きらびやかなキャリアを描かなければいけない」
その声は、
親かもしれないし、
SNSかもしれないし、
「成功者の自伝」かもしれない。
どこから来た声なのかよくわからないまま、
私たちはその声に従って「意図」を用意しようとする。
意図通りに進む人生は、本当にあるのか
イチローや大谷翔平の話は、めちゃくちゃわかりやすい。
小さい頃から目標を定め、そこへ向かって一直線に努力してきた。
とても美しい物語。
でも、少しだけ意地悪な問いを立ててみたい。
あなたの周りに、人生が「最初に思い描いた通り」に進んでいる人って何人いる?
志望していた会社に入れなかった。
入れたけど、思っていた仕事と違った。
転職したら、そっちの方が肌に合っていた。
たまたま参加した社外イベントで出会った人が、今の仕事のパートナーになった。
おそらくほとんどの人の人生は、
「意図した出来事」よりも「意図していなかった出来事」の方が多い。
むしろ、人生の大事な転換点ほど、偶然の産物だったりする。
偶然は、拾う人のところにしかやってこない
キャリア論に「計画的偶発性」という有名な考え方がある。
スタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱したもので、要するにこういうことだ。
偶然の出来事をただ待つのではなく、好奇心や柔軟性を持って動いていることで、偶然をチャンスに変えられる。
「夢を持て」という言葉よりも、こっちの方がずっとリアルではないか。
「動いていたら、変な縁が転がってくる。その時にちゃんと拾え」
という感じ。ただし、この理論には前提がある。
「動いていること」だ。
家の中でじっとしていても、偶然は転がってこない。
目の前の仕事を雑にこなしていても、偶然は引っかかってこない。
偶然を拾えるのは、今この瞬間に何かへ向き合っている人だけだということ。
主人公は、最初から立派な意図を持っていない
映画や漫画の主人公を思い出してみる。
『千と千尋の神隠し』の千尋は、
湯婆婆のもとで働くために引っ越してきたわけじゃない。
ただ、引っ越しに嫌々ついていっただけだ。
『ONE PIECE』のルフィは「海賊王になる」という明確な意志を持っているが、
仲間との出会いはまったく計画表通りではない。
『ハリー・ポッター』も、魔法使いになろうと志して物語が始まるわけではなく
知らないうちに魔法使いだったことが、ある日明らかになる。
物語とは、「意図通りに進む人の記録」ではない。
意図しない出来事に巻き込まれながら、
それでも自分として立ち上がっていく人の記録だ。
逆に言えば、意図通りにしか進まない話は、物語にならない。
意外性がない場所には、成長もない。
「今」以外に、私たちはいない
心理学の領域で、マインドフルネスは「今この瞬間に注意を向ける実践」として語られる。
「未来のことを考えるな」という話ではなく、
未来を考えていい。
目標を持っていい。
夢を語っていい。
ただ、未来について考えている自分は、
いつも「今」にしかいない。
「将来が不安だ」と思っている自分も、今ここにいる。
「過去を後悔している」自分も、今ここにいる。
「もっと違う人生があったのでは」と悩んでいる自分も、今ここにいる。
どんなに遠くを眺めても、
自分が立っている場所は、常に「今」だ。
精神科医のヴィクトール・フランクルは、
強制収容所での体験をもとにこう言った。
人間は人生に意味を問うだけでなく、人生から問われている存在だ、と。
「自分はどう生きたいか」ではなく、
「人生は今の自分に何を求めているか」という問いだ。
意味は、最初から設計図のように用意されているものじゃない。
目の前の出来事にどう応答するかによって、
少しずつ浮かび上がってくるものだ。
「目標がない」は、「空っぽ」じゃない
就活で第一志望に落ちた。
やりたいことが見つからない。
周りの友人がきらきら見えて、
自分だけ取り残されているような気がする。
そういう時、人はすぐにこう思う。
「自分には意図がない。目標がない。だからダメだ」
でも、本当にそうだろうか。
目標がないから空っぽなのではない。
まだ言葉になっていないだけかもしれない。
まだ出会っていないだけかもしれない。
あるいは、「目標」という大きな看板よりも、
目の前の人との関わり方、今日の仕事への向き合い方、
今感じている「なんか違う」という違和感の方が、
ずっと正直な人生のコンパスなのかもしれない。
「今日をちゃんとやる」が、最も深い意図
だから、
若い人に伝えたいのは「明確な目標がなくてもいい」という甘い慰めではない。
そうじゃなくて、こういうことだ。
明確な目標がない時期にも、人生はちゃんと進んでいる。
意図は、あってもいい。
でも、意図に人生を支配させなくていい。
計画は、あってもいい。
でも、計画通りにいかない自分を失敗者扱いしなくていい。
夢は、あってもいい。
でも、夢がまだ見つからない自分を責めなくていい。

大事なのは、今を雑にしないことだ。
今日会う人に、どう向き合うか。
今日の小さな仕事に、どんな姿勢で臨むか。
今日感じた違和感を、見なかったことにしないか。
今日の自分の好奇心を、ちゃんと拾ってあげるか。
人生における本当の勝負どころは、いつだって今だ。
人生に意図は必要か。
おそらく、必要だ。
ただしそれは、未来を完全に支配するための意図ではなくて
今をちゃんと生きるための意図だ。
そしてその意図は案外、
「とりあえず、今日をちゃんとやる」
というくらいの素朴なところから始まる。
読んでくれてありがとうございます。
旅って何だろう?
キャリアって何だろう?
人生って何だろう?
そんな疑問を感じたらぜひatteyaaを覗いてみてください。




